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พจนานุกรม

รายละเอียดคำ

新富町 (名古屋市)

中村区 > 新富町 新富町(しんとみちょう)は、愛知県名古屋市中村区の地名。現行行政地名は新富町1丁目から新富町5丁目。住居表示実施。 名古屋市中村区北部に位置する。東は西区、北は枇杷島町・日比津町に接する。 1934年(昭和9年)8月15日 - 西区枇杷島町の一部により、同区新富町として成立。 1934年(昭和9年)12月15日

คำที่เกี่ยวข้อง

富沢町 (名古屋市)

1908年(明治41年)4月1日 - 東区成立に伴い、同区富沢町となる。 1913年(大正2年)3月11日 - 大松旅館客室より出火し、名古屋新聞社屋が全焼する。全焼5戸、半焼13戸の被害。名古屋新聞社は翌日より南呉服町に仮営業所を設置し、新聞発行を行う。 1944年(昭和19年)2月11日 - 栄区成立に伴い、同区富沢町となる。

弥富町 (名古屋市)

本項では、弥富町の一部より成立した青山町(あおやまちょう)についても説明する。 名古屋市瑞穂区の北東部と南東部の端に位置し、昭和区と天白区の区境付近にある。現在、町域は東端の字茨山・橿ノ木山の区域と南東部の天白川の河川敷部分、北東部のそれ以外の区域の3つに分かれている。 弥富町には現在、以下16の小字が存在する。

中富町 (名古屋市)

1952年(昭和27年)12月20日 - 北区田幡町の一部により、同区中富町として成立。 1956年(昭和31年)9月5日 - 米軍ジェット機が民家に墜落し、5戸が全半焼の被害。 1958年(昭和33年)2月1日 - 田幡町の一部を編入する。 1980年(昭和55年) 10月12日 - 一部が金城一丁目に編入される。

新屋敷町 (名古屋市)

日本 > 愛知県 > 名古屋市 > 西区 > 新屋敷町 (名古屋市) 新屋敷町(しんやしきまち)は、愛知県名古屋市西区の地名。 江川の西側の農民の出屋敷が置かれていたことに由来するという。 1878年(明治11年)12月28日 - 名古屋村の一部により、名古屋区新屋敷町として成立する。 1889年(明治22年)10月1日

東新町 (名古屋市)

日本 > 愛知県 > 名古屋市 > 東区 > 東新町 日本 > 愛知県 > 名古屋市 > 中区 > 東新町 東新町(ひがししんちょう、とうしんちょう)は、愛知県名古屋市東区・中区の地名。当地域の人口は0人(2019年2月1日現在、住民基本台帳調査による。名古屋市調べ)。住居表示未実施。名古屋市の代表的な歓楽街の一つ。

新柳町 (名古屋市)

日本 > 愛知県 > 名古屋市 > 中区 > 新柳町 新柳町(しんやなぎちょう)は、愛知県名古屋市の地名。 現在の広小路通沿い、木挽町通から長者町通までの間にあった。 1915年(大正4年)時点では、1丁目から7丁目まであり、東西に約134間であった。北に園井町があり、東は栄町1丁目に続いた。 1871年(明治4年)

西新町 (名古屋市)

名古屋市成立に伴い、同市西新町となる。 1908年(明治41年)4月1日 - 中区および東区編入に伴い、中区・東区西新町が成立する。 1912年(大正元年) - 愛知歯科医学校が再興される。 1944年(昭和19年)2月11日 - 中区および東区西新町がそれぞれ栄区に編入され同区西新町となる。 1945年(昭和20年)11月3日

新木町 (名古屋市)

名古屋市 > 西区 > 新木町 新木町(あらきちょう)は、愛知県名古屋市西区にある地名。丁番を持たない単独町名である。住居表示未実施。 名古屋市西区の北西部に位置する。東は見寄町、南東は丸野、南から西は清須市阿原、北は十方町に接する。 水場川 当地付近にあった字花ノ木・木ノ前にちなみ、新しい木

新茶屋 (名古屋市)

愛知県 > 名古屋市 > 港区 > 新茶屋 新茶屋(しんちゃや)は、愛知県名古屋市港区の地名。現行行政地名は新茶屋一丁目から新茶屋五丁目。住居表示未実施。 名古屋市港区の西部に位置し、東に大西、南に小川と天目町、北に西福田と寺前町と接する。 当地が茶屋新田に対して通称として新茶屋と呼ばれていたことによるという。

城北新町 (名古屋市)

日本 > 愛知県 > 名古屋市 > 北区 > 城北新町 城北新町(じょうほくしんまち)は、愛知県名古屋市北区の地名。堀川部分に、「道路・河川・鉄道等用地」として残る。 高等学校 - 尾張学区 中学校 - 名古屋市立八王子中学校 小学校 - 名古屋市立清水小学校 国勢調査による人口の推移

中野新町 (名古屋市)

運河の掘削が計画されたため西屋敷の約30戸が移転対象となり、現在の中野新町2~7丁目に住民の多くが移住した。1930年(昭和5年)、中川運河は開通した。中野新町は、戦後に貸家ブームを呼び住宅地として大いに発展した。昭和以降は、道路整備なども行われ鉄工業が栄えた。新田開発の

研屋町 (名古屋市)

日本 > 愛知県 > 名古屋市 > 中区 > 研屋町 研屋町(とぎやちょう)は、愛知県名古屋市中区の地名。 廃刀令発令により、当町に刀剣商が集まったことによるという。 1871年(明治4年)9月29日 - 杉ノ町筋の一部により、愛知郡研屋町として成立。 1878年(明治11年)12月20日 - 名古屋区成立に伴い、同区研屋町となる。

板屋町 (名古屋市)

名古屋市計画局 1992, p. 740. ^ 名古屋市計画局 1992, p. 741. ^ 山田幸太郎 1954, p. 154. 山田幸太郎 著「吉田祿在居住址」、名古屋市文化財調査保存委員会 編『名古屋史蹟名勝紀要』芸術案内社、1954年12月25日、154頁。  「角川日本地名大辞典」編纂委員会 編『角川日本地名大辞典

米屋町 (名古屋市)

日本 > 愛知県 > 名古屋市 > 中村区 > 米屋町 米屋町(こめやちょう)は、愛知県名古屋市中村区の地名。現在の名駅三・四丁目の各一部に相当する。 当地に名古屋米穀取引所が所在したことに由来する。同取引所は1898年(明治31年)に設置され、1927年(昭和2年)に中区米浜町へ移転した。 1901年(明治34年)4月17日

油屋町 (名古屋市)

名古屋市 > 港区 > 油屋町 油屋町(あぶらやちょう)は、愛知県名古屋市港区の地名。現行行政地名は油屋町1丁目から油屋町4丁目。住居表示未実施地域。 名古屋市港区中央部に位置する。東は善進町・善進本町、西は高木町、南は善進町、北は当知二丁目・入場二丁目に接する。 当地の地主が油屋を営んでいたことに由来するという。

鍋屋町 (名古屋市)

名古屋市 > 東区 > 鍋屋町 鍋屋町(なべやちょう)は、愛知県名古屋市東区の地名。1976年(昭和51年)1月18日、同区泉二丁目および同三丁目に編入され、消滅。 中学校 - 名古屋市立冨士中学校 小学校 - 名古屋市立山吹小学校 国勢調査による人口の推移 かつては清洲城下町に鍋屋

玉屋町 (名古屋市)

玉屋町(たまやちょう)は、愛知県名古屋市中区(当時は西区)にあった地名。現在の丸の内の一部に相当する。 清洲越しにより清洲の下本町(しもほんまち)が移転して成立したため、その名称で存在していたが、貞享4年に宝珠(宝の玉)に由来する玉屋町と改めたという。 慶長16年 - 清洲越しにより、名古屋城下町において下本町として成立。

屋敷町 (名古屋市)

日本 > 愛知県 > 名古屋市 > 南区 (名古屋市) > 屋敷町 屋敷町(やしきまち)は、愛知県名古屋市南区の地名。 豊田町字屋敷裏に由来する。 1930年(昭和5年)11月26日 - 南区豊田町の一部により、同区屋敷町として成立。 1960年(昭和35年)3月20日 - 豊田町の一部を編入する。

久屋町 (名古屋市)

、南は中区新栄町、北は東桜一丁目に接する。かつては1~8丁目が存在していた。 当初は干物町と称していたが、初代尾張藩主徳川義直が当地を通過した際、末代まで繁栄する場所であるという意味を込めて命名したものであるという。 1878年(明治11年)12月20日 - 名古屋区成立に伴い、同区久屋町となる。 1889年(明治22年)10月1日